訪問看護は”死”と直面できる崇高な仕事です。

うちのご利用者様が亡くなりました。うちとの関わりはわずか1か月程度です。うちのスタッフさんが親身にケアをしてくれて定期的に電話連絡もしてくれてご家族様の不安を取り除いてくれていました。スタッフさんが訪問したときに撮った写真を最後にお渡ししてご家族様も涙を流して喜んでいただけました。
私は嫁を病院で亡くしています。その時に感じたことは、病棟看護師さんの冷たさです。表面上は同情はしてくれますし、優しい言葉をかけてくれます。ただ気持ちが伝わらないので作業的に思えてしまい、返ってより冷たく感じてしまいました。家族は悲しみに共感してほしいのですが、全くない感じがしていました。病棟は忙しい分理解できるからこそ、尚更さみしく思えてきます。
かたや父の死の時は在宅でした。在宅はこの”共感”を感じれます。本当にそれが救われます。共に”死”を前にした、明るく、楽しい、”悲しみの共感”を得られたことをよく覚えています。悲しみの中にも、笑い声もありながらの”死”でした。涙を流しながら笑い合えるような”悲しみ”は、共感の世界でしかできないことです。
訪問看護の崇高さは”死”に携わる仕事です。学習塾で生徒さんが亡くなったら大変です。蕎麦屋でお客様が亡くなったら大変です。今や家族葬がメインだから、近所での”死”を実感できる機会も全くありません。葬儀屋さんは死んだ後の仕事です。医療に携わっていても”死”と直面できるのは訪問看護などほんの一部の仕事だけです。そういう意味でも本当に崇高な仕事です。その死の瞬間のご家族様との時間の共有こそが大事です。だからこそ誇り高き仕事です。おそらく”やりがい”という点においては本当に感じられる瞬間でしょう。
看護師さんはお医者さんのコマ使いではありません。うちのスタッフさんはほんまにすごいです。”自立した存在”です。その中でお医者様のいうこともきちんと聞きながら、ご利用様にも寄り添いながら、上手にご利用者様を説得していきます。こういうことができるのは、独立した看護師だからこそ、客観的に話ができるのだと思います。病院に付随している訪看ではどうしても病院よりの話をしないといけません。様々なクリニックと連携している訪看だからこそ客観的にご利用様に話ができるんです。
本当に訪問看護の仕事は”すばらしい”仕事です。子供に誇れる仕事です。この仕事に従事できている人は本当に誇らしいとしみじみ感じます。

もし興味がありましたら、いつでも連絡して下さい。
求人募集要項 – ゲンリ訪問看護リハビリステーション北須磨 (genlikitasuma-houkan.com)
です。参考までに見ておいてくださいませ。
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